40年にわたる胃腸神経症を「森田療法」で克服

公益財団法人メンタルヘルス岡本記念財団/元会長・岡本 常男

シベリア抑留から胃腸病

終戦(1945年)を中国で迎えた私は、シベリアに抑留され、捕虜生活が足かけ4年におよびました。

当初、そこでの食事はひどいもので、大豆だけの日が1か月あまりも続くというありさまでした。そのためか、ひどい下痢になり、それが何日も続いたのです。このとき以来、私は、とくに胃腸というものを意識するようになり、朝食を抜いて1日2食とし、つねに節食を心がけました。

そんなわけで帰国後の15年間は、主食をパンとうどんにして、あとは消化のよい食品ばかりを選んで食べることにしました。それでも、すこし食べ過ぎたり、油っぽいものを食べたり、間食をすると、胃のぐあいが悪くなるのです。こういう状態が40年間もつづきました。いわゆる持病というべきものでした。

ついに1日1食、体重が激減

さて、(株)ニチイで副社長と営業本部長を兼任していた1986年の秋ごろから、急に食欲が減退し始めました。1か月のうち数日は1日1食になり、やがて翌年の春には、それがほとんど毎日になってしまいました。

その一食の内容も、食パン半切れ・スープがカップ1ぱい・たまご半個・アイスクリーム少々というものでした。そのため通常45キロだった体重が、とうとう36キロにまで減ってしまったのです。歩くことさえつらくなるほどでした。

病院めぐりなどの末に

「とにかく胃腸を治さなくては……」という一念で、いろいろな治療を試みました。
いくつかの病院での精密検査を皮切りに、クスリ・健康食品・各種の健康法など、人からいいと教えられたことはなんでもやりました。
しかし一向に効果はなく、はっきりした食欲不振の原因もわからずに悩みました。
(なお、病院での検 査の結果は、胃下垂、白血球不足、栄養失調などの診断でした。)

そんなおり、たまたま、友人である大西輝生様にお会いして、私の状態をお話ししましたところ、大西様もかつて私と同じような状態を経験されたそうです。そして森田療法のおかげで元気になられた、ということでした。そのときに森田療法の数冊の本とカセットテープをいただきました。こうして私は、森田療法に出会ったのです。

森田療法に学んで

私は、大西様の体験をお聞きしたとき、直感的に“これで私の胃腸も治るかも知れない…”という予感がしました。

以来、会社の行き帰りには森田療法についてのカセットテープを聴き、自宅では本を読んで、重要なところはノートに書き留めました。そのようにして繰り返し学んでいきました。

一方、大西様が「心配しないで1日3度の食事をしてください。いちいちこだわらなければ、食べたものはかならず胃が消化してくれますよ」といわれた言葉に勇気づけられて、少しずつですが毎日、3食とるようにしてみました。
ふしぎなことに食べてみると、なんともなかったのです。森田療法に学んで、自分の悩みの正体を知ったからでしよう。

じつは、勝手に食べられないと思い込んで、心がとらわれていただけだったのです。そして、食べる量も徐々に増やしていきました。
驚くことに、翌月からは体重が毎月2キロずつふえ、半年後には50キロ弱にまでなりました。おかげさまで心身ともにすっかり元気になり、現在に至っています。

原因は心理的なもの

いま、ふり返ってみますと私の場合、運よく縁あって森田療法に出会うことによって立ち直りました。が、もしこの出会いがなかったらと思うと、ぞっとします。
まず第一に私は、森田療法の理論を学ぶことによって、胃腸のぐあいのわるい原因を、はっきりとつかむことができました。
その起因をたどりますと、ひとつはシベリア抑留生活いらいの胃腸障害にたいする恐怖心から、つねに胃の状態を心配し、食事についてとても神経質になっていたのです。もうひとつは、完全主義に陥っていたことです。仕事をいつも完ぺきにこなさなければと、ムリに自分自身を律していたのです。

この“心配性と完全主義”による心の葛藤(悪循環)が、私の神経症のもとだったのです。もっとも森田療法においても、私や大西様のようにごく短期間に、それも図書や録音テープのみで立ち直ったのは、例外のようです。つまり私たちには森田療法を受けいれやすい素地があったのだと思います。それは、およそつぎのような事柄です。

  • 精神的または肉体的な、いろいろな健康法に関して、それまでにかなり勉強し、その基礎知識があった。
  • 長いあいだ苦しみ、それがどこに行っても治らず、これしかないと素直な気持ちでその内容に接することができた。
  • 人生の苦労も人並み以上に経験していたため、森田療法を知識としてだけではなく、体験的にも会得できた。

ともあれ森田療法は、事実に反する誤ったものの見方・考え方を改めて、努力の方向を修正し、自分の「生の欲望」(生存と向上への欲求)に沿って生きていくことをすすめています。

すなわち、不安や恐怖を感じつつ、前向きな日常生活を実践した結果として、神経症が解決することを教えているのです。

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